日報が「上手い人」ほど、危ないかもしれない。

経営日記

こんにちは。オーエムデザインの姫野です。

前回、面接を作り直した話を書きました。「口が上手い人を見抜けなかった」という反省から、質問の中身を全部変えた話です。

今回はその続きです。面接の次に疑ったのは、日報でした。


今日の内容

  1. 日報を1,000件以上、読み返した
  2. 「書けている」と「考えている」は、違った
  3. 便利にしたつもりが、思考を止めていた
  4. たった1人だけ、日報が「本物」だった
  5. 日報を「5分」に変えた理由
  6. 日報は報告じゃない。振り返りだ

日報を1,000件以上、読み返した

うちの会社では全員に営業日報を書いてもらっています。

「やったこと」「良かったこと」「つまずき」「改善策」「気づき」。項目に沿って毎日書く。PDCAを回すための仕組みです。

最近、過去の日報を一気に読み返す機会がありました。全社員分。1,000件以上。

ずっと読んでいくと、あることに気づきました。

見た目がきれいな日報と、中身がある日報は、別物だということです。


「書けている」と「考えている」は、違った

文章としては整っている。項目も埋まっている。読みやすいし、一見すると「ちゃんと振り返っている」ように見える。

でも、何日分もまとめて読んでいくと、あるパターンが浮かんできます。

たとえば「良かったこと」の欄。毎日「あらかじめ準備していたため、スムーズに進んだ」と書いてある。違う日の違う業務なのに、文の構造が全部同じ。

たとえば「気づき」の欄。「1つずつ着実に覚えていく」が4日連続で出てくる。更新されない。先週の自分と今週の自分が、同じことを書いている。

書けている。でも考えていない。

少なくとも、日報を書く時間の中で「振り返り」が起きていない。項目を埋める作業になっている。


便利にしたつもりが、思考を止めていた

原因を探っていくと、意外なところにたどり着きました。

日報テンプレートに入れていた関数です。

うちの日報には、入力を補助するための関数が入っていました。たとえば「やったこと」を入力すると、「よって、○○する」というつなぎの文が自動生成される仕組みです。

これは自分が作ったものです。書く負担を減らして、PDCAの型に沿いやすくするための工夫でした。

結果、何が起きたか。

社員は関数が生成した文章をそのまま使うようになった。「考えて書く」のではなく、「入力して出力を受け取る」になった。文章の見た目はきれいになったけど、その裏にある思考のプロセスが省略された。

自分が良かれと思って入れた仕組みが、社員の思考を止めていた。これは正直こたえました。


たった1人だけ、日報が「本物」だった

1,000件以上読んだ中で、日報がPDCAとして機能していた社員が1人だけいました。

その人の日報は、文章が短い。表現も素朴。見た目の完成度で言えば、他の社員の方がずっと上です。

でも、中身が違う。

昨日「こうする」と書いたことを、今日ちゃんと試している。つまずいたら具体的に何が起きたかを書いている。気づき欄には、自分の体験から出た短い言葉がある。

「今日やってみて、こうすればもっと早くなると思った」「次は声に出して確認する」

抽象的な標語じゃなくて、昨日の自分の体験から絞り出した一言。それが毎日少しずつ更新されている。

この人だけが、日報を「振り返りの道具」として使っていました。他の社員は「報告の義務」として処理していた。

その差は、文章力でも勤勉さでもなかった。飾らずに書けるかどうか。自分の言葉で書けるかどうか。それだけでした。


日報を「5分」に変えた理由

この反省を踏まえて、日報を根本から作り直しました。

まず、関数を全部外しました。自動生成される文章は一切なし。全て自分の言葉で書く。

次に、各項目を「一言だけ」にしました。長く書く必要はない。やったこと、一言。良かったこと、一言。つまずき、一言。改善策、一言。

タスク管理は日報から分離しました。日報は振り返りだけに集中させる。

最後に、所要時間の目安を「5分」にしました。

これは自分で試してみた結果です。関数なし、各項目一言、A列に直接書く。5分で終わりました。そして5分で書いた日報の方が、30分かけた旧フォーマットより中身がある。

なぜか。

振り返る力がある人は、5分で十分な密度が出るからです。逆に、30分かけても項目を埋めるだけの人は、30分かけた分だけ「やった感」が出てしまう。それが本人にも上司にも「ちゃんと振り返った」と錯覚させる。

短くしたことで、ごまかしが効かなくなる。でもそれでいい。ごまかす必要がない日報こそ、本当の日報です。


日報は報告じゃない。振り返りだ

面接を作り直したとき、「測りたいものと測っているものがズレていた」と書きました。

日報も同じでした。

測りたかったのは「この人は毎日成長しているか」。でも実際に測っていたのは「この人はきれいな文章が書けるか」だった。

日報は上司への報告書じゃありません。昨日の自分と今日の自分を比べるための道具です。

だから上手く書く必要はない。格好いい気づきを書く必要もない。

今日できなかったことを一つ、正直に書く。明日試すことを一つ、具体的に書く。それだけでいい。

自分はこの仕組みを作った側の人間として、関数が思考を止めていたことに気づくのが遅れました。便利は正義じゃない。道具が人の代わりに考え始めたら、それは便利じゃなくて思考停止です。

日報に限らず、仕組みは定期的に疑った方がいい。「ちゃんと回っているように見える」ものほど、中身が空洞化していることがある。


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