職人の財布と機械の財布。その差額の正体。

経営日記

こんにちは。オーエムデザインの姫野です。

最近、AIの話をよく耳にします。「仕事が奪われる」「もう人間いらなくなる」。不安を煽るような話が多いですよね。

私も経営者として、AIのことは真剣に考えています。実際にうちの会社でもAIを導入して、11日かかっていた作業を1日で終わらせた経験もあります。

でも、「AIに仕事を奪われる」という話については、ちょっと違う考えを持っています。

今日は、職人の財布と機械の財布の話から始めます。


今日の内容

  1. 同じ財布なのに、値段が違う
  2. 人間は「物語」を買っている
  3. 狩猟時代から変わっていないこと
  4. 穴を掘って、穴を埋める仕事
  5. AIが進化するほど、人間の価値が上がる逆説
  6. どこまでいっても、人間。

同じ財布なのに、値段が違う

一つ、考えてみてください。

職人が手作業で作った革の財布が1万円。機械がまったく同じクオリティのものを10秒で作ったとして、それも1万円になりますか。

ならないですよね。

機能は同じです。革を守る、カードを入れる、お金を収納する。どちらも同じことができる。見た目だって、もう区別がつかないレベルのものを機械は作れます。

でも、人間は職人の財布に1万円を払い、機械の財布には払わない。

この差額は何なのか。ずっと考えていました。


人間は「物語」を買っている

結論から言うと、差額の正体は物語です。

職人が何年もかけて技術を磨いて、何時間もかけて一つの財布を作った。その過程に、人はお金を払っています。機能に払っているんじゃない。過程に払っている。

これは合理的じゃないです。同じ機能なら安いほうを選ぶのが合理的なはずです。

でも、人間は合理的な生き物じゃない。

スポーツを考えてみてください。サッカーボールをゴールに入れることに、何の生産性もないです。でも人はそこに熱狂して、何万円もチケットに払う。なぜかというと、不確実性とドラマと感情移入があるからです。

YouTuberも同じ構造です。知識があるから見ているんじゃない。「この人、次どうするんだろう」という好奇心で見ている。役に立つかどうかは二の次で、感情が動くかどうかが消費の基準になっている。

人間は、物語を消費する生き物なんです。


狩猟時代から変わっていないこと

AIで仕事がなくなるとか、ベーシックインカムで働かなくてよくなるとか、いろんな未来予測があります。

でも、私はそうならないと思っています。

理由は単純で、人間の本質が変わらないからです。

狩猟時代は「働かざる者食うべからず」でした。獲物を取らなければ生きられなかった。農耕時代になって組織ができて、共存の意識が生まれた。産業革命で機械が登場して、手仕事が減った。でも人間は新しい仕事を作り続けた。

1930年、経済学者のケインズが「2030年には週15時間労働で十分生活できるようになる」と予測しました。技術が進歩すれば、そんなに働かなくてよくなると。

もうすぐ2030年ですが、全然そうなっていません。

生産性は上がった。でも人間は労働時間を減らさなかった。新しい仕事を作り出した。会議のための会議、報告書のための報告書、承認のための承認。合理的に考えれば要らないものを、人間は勝手に生み出してしまう。

技術は変わる。でも人間は変わらない。ここがポイントだと思っています。


穴を掘って、穴を埋める仕事

極端な話、AIが本当に多くの仕事を代替したとしても、人間は「AIの仕事を監視する仕事」とか「AIが作ったものを人間が確認しましたという証跡を残す仕事」を作り出すと思います。

コンプライアンスとか監査の名目で。

穴を掘る仕事。穴を埋める仕事。意味があるのかと聞かれたら微妙だけど、人間はそういうことをやる生き物です。

なぜかというと、人間は「何もしない」に耐えられないからです。

仮にベーシックインカムで生活が保障されたとしても、人間はそこで止まらない。差をつけようとする。競争する。新しい階層を作る。それを狩猟時代からずっと繰り返してきたのが人類の歴史です。

だから、「AIに仕事を奪われて全員失業する」という未来は、たぶん来ない。仕事の形は変わるけど、総量としての労働はなくならない。人間がそういう生き物だから。


AIが進化するほど、人間の価値が上がる逆説

ここで、最初の財布の話に戻ります。

AIが進化して、何でも一瞬で作れるようになったとします。文章も、絵も、音楽も、設計図も。クオリティも人間と遜色ない。

そうなったとき、何が起きるか。

人間が時間をかけて作ったという事実そのものが、プレミアムになる。

印刷機が生まれたから、手書きの手紙に価値が出た。写真が生まれたから、絵画に価値が出た。音楽配信が普及したから、ライブに人が戻った。

技術が進化するたびに、「人間の痕跡」が希少になって、価値が上がっている。これは歴史的に何度も繰り返されてきたパターンです。

AIはその最大版になる可能性があります。

AIが何でも作れる時代に、本当に価値を持つのは「この人が、この場所で、この時間をかけて作った」という痕跡です。効率でも速度でもない。人間がそこにいた証拠そのものに、人はお金を払うようになる。

私たちの仕事で言えば、橋やトンネルの点検は、現場に人間が行って、自分の目で見て、自分の手で確認する仕事です。AIが書類を整理することはできても、現場の空気を読んで判断することは人間にしかできない。

そしてその「人間にしかできない」部分の価値は、AIが進化するほど上がっていく。


どこまでいっても、人間。

AIが仕事を奪うとか、シンギュラリティが来るとか、いろんな人がいろんなことを言っています。

でも、私が思うのはもっと単純な話です。

技術がどれだけ進化しても、社会をどれだけ設計し直しても、最後は人間の本質に行き着く。その本質は、狩猟時代からほとんど変わっていない。

競争する。階層を作る。物語に感動する。穴を掘る。合理的に動けない。

それを「愚かだ」と言うこともできます。でも、その愚かさがあるから人間は暴走しない。技術の進化に社会が追いつけないのは、人間がお利口じゃないからで、そのお利口じゃなさが一種の安全装置になっている。

だから、AIが来ても仕事はなくならない。形が変わるだけです。

職人の財布と機械の財布の差額——あれは、人間が人間であることの証明みたいなものだと思います。合理的じゃない。でも、それが人間です。

どこまでいっても、人間なんです。

危機感を持つことは大事です。バケツを次の人に渡すだけの仕事がなくなったように、今ある仕事の一部は確実にAIに置き換わる。でも、それは「仕事がなくなる」のではなく、「仕事の形が変わる」ということです。

変化を恐れるより、自分の手で何かを作れる人間でいること。物語を持てる人間でいること。

その価値は、AIが進化するほど上がっていきます。


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